autoroguardさんもどの村でも好んで他の参加者に物申したりいちゃもんつけてる気がするので、同じくロッカーにキレるというのがこの人の人狼ライフスタイルなのかもしれない。
根本的な事を言うとレイシストはレイシストである自覚がないからレイシストができるわけで煽ったら目が覚める代物では無いような気がする。
レイシストのレイシストのイメージってトランプ大統領や百田尚樹なので…。
目を覚ますために煽ってほしいんじゃなくて、そういう煽りのバリエーションを増やしてほしいんだよね。
ウエメセとかロッカーとかもう聞き飽きた。
<http://real.gunjobiyori.com>
この発言だけ見て「ソニックブームに直せと言っている」に該当する発言をカタリナが白ログでしているものだと思い込んでいた…思い込みによる存在しない過去の発生だ。
しかし、ロッカーの正しい対処法はスルーなのでバリエーションを増やす余地は少ないのかもしれない。
たしかにロッカーって認定する側の言い分だと「不当な理由で」という前提がつくはずなので、なんでスルーしないのかはよくわからんな。
村騙りは最終日まで残せない。
村騙り(的なもの)は吊った方が勝率が上がる。
辺りに科学的な根拠ってあるんだろうか。
ぐたかどこかの8人村でおぼろんが黒いと言うよりは発言が微妙な灰を整理吊りした方が勝率が上がると力説した村はしっかり最終日に2:2のランダムで狼が吊れて勝てたが、灰吊りから入ればかなり楽に勝てたようにしか見えないな…。
少なくとも俺は白だと思ってたので反対してた気がする。アレとか言うのなら整理された奴より確定白かなんかに相当ヤバいのがいたような気がするが。
「村騙りは最終日まで残せない」には(感情的に)という枕詞が付く。まずはここから認識していかなければならぬ。(確率的に)ではないんだよなあ。
村騙り、たとえば「バラ占いで初回襲撃された占い師の、初日の占い先の片白」などとは違い、COから撤回までを自らの意思で能動的に実行できるという点が、白要素として勘定する余地なしと判断されている気がする。
村騙りを吊らないと正としてしまうとやったもん勝ちになるので、やったもん勝ちを許さないプレイヤーたち。
確かに村社会だ。
「成功しない限り」という条件と「悪手」という判断が矛盾しているようで絶妙に矛盾していないようにも見えるのがポイントだ。
成功しない限り村騙りは悪手、要は成果主義なのか?とも言いたくなるのだが、「悪手」が何を表現したいのかにもよるな。
成功しない限り村騙りは悪手、とのたまう人に「では推理の課程を伏せて結論だけ書く発言法で推理を当てていたら妙手になるんですか?」と反論するとバグが発生しそうな気がしている。
悪手という認識が間違っているというより、悪手という表現が間違っているというのがより本質に近いような気がしてきた。
これが「成功しない村騙りを行うと、村の中での評価が落ちる」みたいな話なら確かに理解できるんだよな。
悪手、一般的には「成果の出にくい手段」というニュアンスの語彙であるはずなので、それに該当するかどうかを判断する条件を成果の有無に設定している時点でバグってるといえばバグっている。
「0以上でない限りは負の数」とは違うんだよな。
これは「成功しない限りは失敗」と訳されるはず。トートロジーに近い。
でも失敗ではなくて悪手なんだよな。そこにたしかな意味はある。というよりは意味を見出していいと思う。
「成功しない限り村騙りを私は認めない」
これならまあ理解はできる。
さてここで言う「成功」とは?という話にはなるけど。
村騙り禁止村で霊能者が占い師を騙って占い師が確定した村、
織物さんが潜伏した狂人にクソキレてたし、順当に村が勝ってしまったけど、果たして「成功」なのか。
このゲーム、性質的にどういう理由であれ「邪魔者」と認定されると死ぬ確率が上がるので、市民感情を無視する行為を安易に肯定できないという制約がある。
口封じが合法どころかゲームのルーチンに組み込まれているので、「世の中のほうが間違っている!」という啓蒙を実行し辛い。
「文化の違い」みたいな話をよく耳にするのもそういう理由なんだろう。性質的に文化を変えるのが難しい。
これについては文化というより風習や価値観と言い換えるべきだと毎回思っているが。
「成功しない限りは村騙りは悪手」、「おめぇそんなごとしたら村八分に遭うだべ」というニュアンスの「悪手」なのだろう。たぶん。
ゲイの人権を許容すると、市民権を得たゲイがところ構わずイチャイチャしだし風紀が乱れるので撲滅しよう的な発想だと思っていた。
ストレートがところ構わずイチャイチャして風紀を乱していない以上、ゲイが風紀を乱すかは不明である。